La・Lu・La初練習 祖母の具合が悪い 天寿を全うした 通夜 葬儀 雑用をこなす 実家にパソコンを設置
今年初練習。 KOVOXに向けた練習といえば聞こえは良いが、 月に一回の練習なので思い出すのに一所懸命という感じだろうか。 思い出す時間はだんだん短くなって、曲の面白みが味わえるようになってきたのは良いことだろう。 全体像も見えてきて、フリーハンドな部分が多くなれば、 もっと遊べるのにと思えるようになった。
月末の試作品納入を控え、遅くまで仕事をする態勢になっていたところへ、 携帯電話が突然鳴った。 電話は実家の母からであった。 祖母の具合が悪いという知らせ。 なんでも食事が入らなくなって眠っているという。 正月に元気な姿を見ているだけに、 またちょっと入院でもするのだろうか。
なんとなく気になって自宅に電話を入れておく。 今週末には田舎に見舞いに行こうではないか。
日が変わる頃に帰宅。 怒涛の週の始まりである。
突然の電話で目が覚めた。 電話が鳴った瞬間、祖母の死を確信した。 思った通り、田舎の母からの電話だ。 先ほど息を引き取ったらしい。 昨日の今日だけに実感がまったくない。 時間は5:30。 とにかく実家には帰らねばならないが、 子供が起きる時間までは待とう。
悶々とした思いの中でいつしか眠りに引き込まれていた。 目覚し時計の音に現実の世界に引き戻させた。 外はまだ暗いが朝が訪れていた。
子供らに祖母(彼女らには曾祖母だ)の死を知らせ、 田舎に行くことを告げる。 普段一緒に住んでいないだけにどことなく実感は湧かないようだが、 頭の中では理解はしてくれたようだ。
実家にたどり着いたのはお昼頃。 近くのラーメン屋で食事をしてからの帰宅である。
祖母はそこに眠っていた。 今にも起きてきそうなほど穏やかに眠っていた。 病んでいない証拠であろう。 穏やかな顔を眺めていると、色々な事が思い起こされて…。
悲しんでばかりはいられない。 しなければならないことをやっていくしかないのだ。 集まってくれている叔父叔母と打合せをしながら今後の段取りを決める。 明日の通夜、あさっての葬儀にむけて、どんどんこなしていかなくては。
夕方、弟と二人で死亡届を出しに行く。 さすがにこの書類を扱うのは初めてだ。 この他にもいくつかの手続きをしないといけないらしい。 自分で手続きをすると、何をしなくてはいけないかの全体像がわかって良い。 明石に帰る前に、残りもしておかなくてはいけない。
怒涛の一日はよくわからないうちに過ぎていった。
遠方の親戚が続々とやってきた。 大往生といってよい祖母の死は、一面一族の絆を深め合う儀式ともなる。
小さい頃に良く遊んだ従兄弟が夕方に到着した。 彼と会ったのは6年ぶりだろうか。 子供6人、孫13人、ひ孫10人を残してたびだった祖母は、 やはり幸せものだったのだろう。 子供に先立たれた不幸はあったにせよ。
夜になり、近所の人がきて通夜が始まる。 みんなで御詠歌をあげるのだ。 父、祖父と二度の葬式を経験している私は、 大体のところの段取りはわかっている。 この歳にしては慣れているといっても良いだろうか。 決して幸せなことではないのだが(^_^;)。
通夜も終わり、久々に会う従兄弟と思いでがたりをする。 古い写真を引っ張り出したりして…。 正月に写した祖母の写真は、ひ孫に囲まれて幸せそうだった。
告別式は11時から。 死の悲しみを感じさせる暇も与えず時間は刻々と過ぎていくのだった。 ある意味冷静に死を受け容れられる今回の場合は、 葬儀の中でのお経の意味を感じるゆとりもあり、 前の二回と違って、心に染み入る葬式であったといえよう。
葬列、出棺、火葬、骨あげ。 そして、仕上げの膳である。 近所の方々にお礼の挨拶をして、葬儀の一日は終わった。
喧騒の昼間から静寂の夜へ。 親戚が徐々に帰宅していくと、本当に静かなことに気がついたのだった。
初七日は日曜日に行うことになったので、 今週中は休暇続行と決心した。 こういうときは仕事二の次である。
平日のうちに事務手続きをしてしまわないといけない。 年金関係と各種届である。 保険証は会社にすればよいから、そのための書類さえあればよい。
午後はお金関係の整理である。 しっかり記録しておかないと、後で訳がわからなくなる。 ひたすら記録して計算してみるとドンぴしゃり。 やはりすぐにやってよかった。
さすがにちょっと疲れたので、みんなで早く休むことにする。 おやすみなさい。
こんなときであっても、ついでにやっておくべきことはしっかりしておかなくては。 というのは、先週組み立てておいたパソコンを持って帰っていたのだ。 部屋の掃除のついでに、しっかりと設置をしたのだった。
電話関係の手続きもやらなくてはいけないが、まずはパソコンはOK。 孫とのメールごっこはうまくいくかな。