明日の朝までうたっていたい♪(2002年4月14日〜4月20日)

合唱講習会 使用許可願い 10000ヒット ひんやりに逆戻り 名古屋駅付近放浪 工場見学 たくさんの見学者



合唱講習会(2002年4月14日)

長谷川冴子さんによる合唱講習会は、 松蔭女子大学付属高等学校コーラス部、北須磨高校合唱部、 長田高校音楽部、混声合唱団はもーるKOBEの4団体をモデル合唱団として行われた。 各合唱団の持ち時間はわずか30分。 短時間でどのように料理されるのか、わくわくどきどきの30分間ということもできる。

当初は、出番の前に裏で練習時間を取ってという話であったが、 モデル合唱団のメンバーもずっと会場で講習を聞きましょうということに変わった。 ある意味ぶっつけ本番となるから、練習量の少ない我々一般の合唱団の場合は、 さらに「はらはら」が加わって緊張感が高まる(^_^)ことになる。 個人的には、講習で合唱団が変わっていくのをずっと聞けることとなるので、 大歓迎の変更だった。

さて、講習の様子である。 まずはモデル合唱団の演奏をしてもらって、そこから長谷川先生にバトンタッチする。 さすがというのだろうか、的確な指示と明確なバトンによって、 同じ合唱団がこうも演奏が変わるのかというのを見せ付けられた講習会であった。 音楽の構成を的確につかむと、ひとつひとつの音が明確になって、 音楽が生き生きとしてくるのである。 歌っているほうも変わっていくのに気づいているのも面白い。 いやはや濃い30分間である。

モデル合唱団のラストに、我がはもーるは出演した。 譜読みに毛が生えた程度で講習を受けるのだから、 心臓に毛が生えた態度とも言えるかも。 長谷川先生の方も、高校生に対する指導の仕方と違って、 こまごまな指示を出すのではなく、様式感や構成感の捉え方に気づかせてくれる、 そんな指導であったように感じた。

30分間はあっと今に過ぎ去り、ちょっと曲がつかめて面白くなったところでタイムオーバー。 こんなに楽しい練習なら毎日でも受けたいという感じであった。 長谷川先生のますますのファンになってしまいました。

使用許可願い(2002年4月15日)

NIFTY のクラシック音楽フォーラムの知り合いであるSさんよりメールが来ていた。 久しぶりで何のようかと思いながら読んでみると、なんと、 おうたの研究室 のコンテンツの使用許可依頼メールであった。

今度のTokyo Cantat 2002でMagnificatoをやるらしく、 RutterのMagnificatoを歌ったときに準備した 逐語訳を使わせて欲しいということだった。 私としては、まさにそういう目的のために作ったものだったので、 もちろんOKした。 条件は、私のクレジットを入れてもらうということ。 恥さらしかも。 もっとも、すでに全世界に向けて恥をさらしているわけだから、 これ以上はいくらさらしても問題なしということだ。

え? 恥の上塗りだって? そういう意見には耳を貸しません(^_^;)。

10000ヒット(2002年4月16日)

1999年1月17日に設置したアクセスカウンタが、 ついに10000ヒットに達した。 3年3ヶ月かかっての達成である。 39ヶ月ということだから、ひと月あたり250ヒットということになる。 1日平均8.3回。 多いのか少ないのかといえば、私が毎日アクセスしているとしても、 他に7人の人が読んでいるわけで、そこそこの読者がいるということになるのだろう。 ありがたいことだ。

web開設は前年のはじめごろだったか。 オンライン日記はその春から始めており、通算ではさらに数千ヒットがあるのかもしれない。

日記のページは毎日の出来事を忘れないためのメモのつもりで書いているし、 うた関係は、自分が調べたことが誰かの役に立てばよいからという理由で表に出している。 なんせ、実際に何かを調べようとしても意外とネットワーク上に落ちていないからね。 いわゆる「言い出しっぺの原則」というやつで、欲しいと思ったら自分で作るという訳だ。

近頃はネットワークが普及してきて、「お客さん」が多くなってしまった。 すべての人がプロになれとはいえないが、 こうしたネットワークコンテンツは、やはりみんなで作り上げていくというのが原則だ。 読者の皆さんも(って、数人に問い掛けてどうする?)コンテンツ作りに参加しませんか?

ひんやりに逆戻り(2002年4月17日)

季節の進み具合がずいぶん速いと思っていたが、 やはり一足飛びには進まないのが自然の摂理か。 夕べくらいからずいぶんひんやりとした気温になっている。 暖かい気候に慣れてきた身体にはちょっと寒いくらいだ。 体調を崩さないように気をつけよう。

名古屋駅付近放浪(2002年4月18日)

今日は打ち合わせ、明日は組合用務と連続して名古屋地区に滞在する。 2往復するのもしんどいので、名古屋駅近くに宿を取る。 比較的早い時間に打ち合わせが終わったということもあって、 駅付近をうろついてみた。

まずは夕食をとるための品定め。 ひとりではいっぱい飲み屋に入るのも落ち着かないので、 ラーメン屋を物色する。 心惹かれるところはあったのだが、満員状態のため別のところへ。 いくつか眺めてみたがいまいちか。 そう外れはないだろうと中華飯店風のところに入ってみる。

空いているので嫌な予感はしたが、味に関して言えば、 予感は的中したようだ。 まず、麺がいけない。 どこかのスーパーで買ってきたような腰のない麺で、 自分で作ったほうが美味いくらいだ。 汁の味もぴんと来ない。 次回は絶対来ないで置こう。

ささっと食べて、今夜のビールを調達しなければ。 名古屋駅の近くのコンビニにはビールを置いているところがほとんどない。 うろついているうちにアーケードのある商店街が目に付いたので、 そちらに向かって探しに出かけた。 ひとつ見つけたコンビニにも酒は置いていなくて、 半分あきらめつつふと見ると、 50メートル先のコンビニには「お酒」の文字が。 何とかビールをゲットできましたぞ。 翌日の朝食となるおにぎりも購入して、安心してホテルに向かったのだった。

これまで、名古屋駅付近でうろついたことはなかったのだが、 探検してみると、心そそられる店がないわけではない。 またの機会に探検してみましょうかね。 今日の散策の成果として…。

工場見学(2002年4月19日)

組合の中央委員会が名古屋地区で開かれ、 それに先立って、某自動車会社の工場見学をすることになった。 入社してすぐの研修で同様な工場見学があったのだが、 それ以来の某自動車工場来訪だった。

新入社員で右も左もわからなかったときに見た印象とは違い、 今見るとなかなか面白い仕掛けがしてあることに気づく。 ここで色々書くわけにはいかないが、 視点が違うとこうも見え方が違ってくることが面白かった。 もちろん、純粋に工場を見学するエンジニアの視点もあるわけで、 こちらの方は、新入社員の頃とさほどは変わっていないのだが。

仕事を離れたところで考えても、工場見学はなかなか面白いものだ。 うちの子を連れてくると、目を輝かせて見入るに違いない。 大きな機会が整然と動いているだけでも、感心することだろう。

日本の製造業は大変な時代ではあるけれども、 こうして工場を訪れてみると、その底力は捨てたものではない。 これを何とも出来ない今の日本の政治というものは何をしているのだろうか。 改革という掛け声をかけるのはもういい。 早く実行に移してくれといいたいぞ。

たくさんの見学者(2002年4月20日)

午前中に帰宅して、着替えてすぐに練習へと出かける。 忙しい中でも歌三昧の生活は健在である。

さて、今日は見学者がたくさんやってきたのだった。 新学期が始まって、ちょっと落ち着いた頃なのか、 一気に3人の大学生がやってきたのだ。 先週も二人だったか、学生にも注目されるというのは、 やはり良いことなのであろう。

大学の合唱団は衰退の一途で、どこともメンバー集めに苦労しているという。 そうした中で、我がはもーるは幸いなことに毎年のごとく若いメンバーが加わり、 創立20年以上経った今日でも、平均年齢は20代との事。 私が上から数えて早い方だというのも、よく考えてみると不思議な話。 ともあれ、20年経っても若いというのは良いことなのであろう。

練習のあとは見学者を連れて食事へ。 昨日まで高校生だった彼らは、やはり初々しくて、 うたに対する思いを新たにさせられたのは事実だ. また、今日は比較的とっつきやすい練習曲だったかな。 ペンデレツキだと引いていたかも。 まあいいか。



Kamimura Masatsugu (HOME: Akashi city, Hyogo)
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