一周忌 貴乃花引退 昔の歌を懐かしむ 出張の連続はつらい 終電は遅れる モンゴルの風 久々のカラオケ
祖母の一周忌法要をいとなむ。 一年前の葬儀の日には雪がちらついていたことを思い出しながら、 今日の暖かさに感謝するのであった。
東京の従兄弟も出席してくれる。 多大な費用をかけて法事をするのは、面倒である意味においてもったいない気もするけれども、 死んでから後も親族の絆を深めてくれるという意味を考えたとき、 決して無駄ではないものなんだと感じる。
法事の後片付けをしてから明石へと帰る。 休みなして仕事に突入はしんどいなあ。
休場のあと再出場した貴乃花が、体力の限界で引退した。 平成の大相撲の一時代を築いた力士の引退に、 なんとも言えず感じるものがあった。 この2年間はほとんど休場していたというものの、 24回の優勝を遂げた偉大な横綱であったことは間違いない。
初代貴ノ花の息子の入門ということで大いに注目された初土俵から、 常にプレッシャーの中で相撲をとり続けていたに違いない。 偉大な力士の息子が必ずしも強い相撲取りになるわけではないが、 周りの期待に応えきる精神力hさ、まさに大横綱というに値すると思う。
満身創痍の身体となって引退したわけだが、 はやく直して、後進を育てるべく、さらに精進していって欲しい。
年を取ったからかも知れないのだが、 昔歌ったことのある合唱曲を再び歌いたく思う事が多くなった。 難しいことを考えずに本能の赴くままに歌っていたあの頃のうた。 いま歌いなおしてみると、新たな発見があるように思えて仕方がない。
初めてステージで歌った合唱曲は、 水上(混声合唱組曲「千曲川の水上を恋ふる歌」より)と北の海鳥(混声合唱組曲「海鳥の詩」より) である。 前者は無伴奏の小曲であったが、中間部のFの連続が高すぎて声が出ず、 Desに下げて歌ったことを覚えている。 後者の組曲は当時大流行していて全国の数々の合唱団が演奏しており、 高校のコンクールの自由曲としても取り上げられていたものである。 歌い出せば、「あの時」のすべての思い出が瞬時に思い出されてくる。
どちらの曲も昨今の合唱曲のように高度なテクニックは必要でない気がするが、 音楽の完成度は決して低くないどころか、 かなりのレベルに到達しているように思える。 難解なだけのS氏の作品よりも、音楽を感じるように思えるのは私だけではないと思う。
某職場合唱団が後者の組曲を次回の演奏会で取り上げるらしい。 歌いに行こうかどうか、ちょっとソソられるものはあるな。
昨日と今日、二日連続で日帰り出張である。 新幹線を含めた移動時間の合計12時間が、ボディブローのようにじわじわ効いてくるのだった。
新幹線の中でweb更進の準備をしようともくろんでいたが、 睡魔には勝てず、結局睡眠時間にしてしまった。 ううう、更進が滞ってしまうよう。
連日のように終電で帰る日々が続いているが、 終電が遅れることが多いことに気がついた。 1-2分は当たり前。 平気で10分程度遅れるのだ。 これを逃したら、というユーザ心理はわかるのだが、 それにしても遅れすぎである。
こんなに遅れるようになったのは、尼崎の人身事故以来の気がする。 ということは、これまでは「安全」よりは「効率」重視だったのかも。 ともあれ、安全は大事だからね。 安全、かつ時間通りで運行してくれることを望むのであった。
モンゴル出身の朝翔竜が連続優勝を果たし、 横綱昇進を確実にした。 貴乃花が引退し、同じ場所に新たな横綱の誕生である。
私の幼かった頃は、まだ柏鵬時代だった。 大鵬の32回目の優勝や貴ノ花に負け引退を決めた取り組みも覚えている。 そして、北ノ富士や琴桜から千代の富士を経て若貴時代へと大相撲の主役が変わっていった。 おばあちゃん子だった私は、物心ついた頃からテレビ桟敷で相撲を見て育ち、 四股名で漢字を覚えたと言われるくらい相撲好きだった、、、と思う。
仕事が忙しくて最近の力士の名前が良くわからなくなってきて、 今場所の貴乃花の引退で、世代交代を強く感じてしまったのだ。 何となく大相撲に対する気持が、大きく隙間が開いたような気がする。
とにかく、相撲の新たな時代の幕が開けたことは間違いない。 蒙古襲来が与える影響は、鎌倉時代と同様に小さくはないだろう。 でもきっと、これをエネルギーとして相撲に活気が出てくることを期待している。 新横綱、頑張れ!
練習のあと、なぜかカラオケに行くことになった。 M氏のカラオケ指南ということらしい。 さすがうたうたいのカラオケであって、 誰に歌わせても達者な歌いっぷりである。
最近の流行歌を知らない私は、一昔以上前の歌を歌う。 時代を越えて生き残っているこれらの歌は、 昨今のものに比べても決して古くは感じないし、生き残っているからこその良さがあるような気がする。 メロディ、歌詞に共感できる歌は、時代を越えて生き残っていくということだろうか。
火曜日の昔の歌を懐かしむといい、懐メロモードの今週の私である。