つれづれ日記〜子午線通信〜(1999年10月24日〜30日)

エジプト展に行く ごめんなさいが言えない 京都出張と復活練習 大雨、信号故障と停電と 会議室での喫煙 昇進祝い スルッとKANSAI

エジプト展に行く(1999年10月24日)

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神戸市立博物館では、昨日から大英博物館所蔵のエジプト展がひらかれている。 一体ミイラってどんなのだろうという興味のもとに、家族連れで出かけたのだった。 元町駅から歩いて15分くらい。 旧居留地を辿る散歩道としても、なかなか気分が良い。

さて、博物館に着いてみると、入場券を買うのに行列ができている。 待ち時間がいっぱいというのだったらどうしようかと心配になったが、 すぐに購入、入場となった。よかった!

最初のコーナーは、ピラミッドを飾るというのか守るというのか、 とにかく神像や副葬品などが展示されている。 あの大きなピラミッドを飾るだけあって、スケールの大きな物が多い。 顔の部分だけで1メートル近くもあるような神像。 こんな巨石をどのようにして持ち上げたのだろうか。 すべてを人の力でやっていた時代に、どんな知恵でやっていたのかは謎である。 知恵の素晴らしさという点では、現代よりも優れているのかも。 まあ、そういう比較をする発想自体が、既に貧困なのかもしれないが。

二つ目のコーナーからは、ミイラの世界へと入っていく。 まずはミイラを入れる一番外側の棺の展示である。 よくテレビで放映されたり教科書に載っていたりする、 ピラミッドの棺である。 生前のその人をほぼ忠実に表わしたのではないかと思われる棺は、 復活を願ったエジプトの人々の想いが強く表現されているようだ。 数千年前に棺の表面にはられた金箔が、現在もなお輝いているのを見ると、 金の特殊さ・貴重さを今更ながらに感じる。 金の固まりを見るよりも、古いものの中に存在している方が、 金の魔力を痛感させられる。 今もなお金が貴金属として扱われている本質を見た思いがした。

コーナーが進むにしたがって、外棺から内棺、ミイラそのものへと進む。 しかしながら、ミイラそのものも、装飾や金箔に覆われていて、 想像していたような、即身成仏のミイラのような生々しいものではなかった。 アニメでみるような、あの包帯だらけのミイラのイメージが強かった私にとって、 美術品のようなミイラは意外な感があった。

三つ目のコーナーは、動物のミイラの展示である。 神聖な動物を人間同様にミイラにしているという事実は、 エジプト人の世界観を現代の我々に伝えている気がする。 人間至上主義でない彼らの想いは、時代を越えて伝わってくる気がした。

ひととおり見終わると既に3時間が経過していた。 二人の娘は「お腹が空いた」と疲れを訴えている。 こちらもお腹が空いたということで、 南京町で夕食を食べて帰ることにする。 ラーメンは旨かった。

ごめんなさいが言えない(1999年10月25日)

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会社の創立記念日ということで、仕事は午前中で終わり。 記念イベントを少し楽しんだ後、16時ごろに退社した。 せっかくの時間を楽しもうと、ハーバーランドを少しうろついてから帰る。 戦果はパソコンソフト(^_^)。

家族揃って食事をしたあとに、買ってきたソフトの包みを開けて中身を眺める。 と、その時、下の娘がCDROMをぱっと持ち、フリスビーの如く投げてみたのだ。 何となく、円盤状のものを投げてみたくなったのであろう。 CDROM自体にはたいした事もないことは「カタッ」とした音で分かったけれども、 ここは娘のしたことが悪いことだということを分からせる必要があると考え、 怒った顔をしながらきっと睨み付けた。

にこにことした顔をして親の怒りをはぐらかそうとしているのだが、 さすがにいつもと違う気配を感じてか、やはり悪いことをしたなと判断したのか、 みるみる涙が溢れて泣き出した。

ちょうど二日前に買ってきたパンプキンパイをデザートに食べようとしていた所でもあり、 「ごめんなさいを言わないとたべさせない」と宣言する。 いざパイを目の前にしても、決して謝ろうとしない。 こうなれば親と娘のコン比べである。

みんながパイを食べ終えた頃、そろそろ謝りそうな雰囲気を醸し出した頃、 謝らない娘に根負けしたのか、嫁さんはパイを片づけてしまう。 またへそを曲げて泣き出す娘を前にして、 挙げたこぶしをどのように下ろそうかと、実は困って状態なのであった。

「ゴメンなさいを言わないと絶対に食べさせるな」と言いながらも、 なぜ怒られているのかを分からせようと、怒ったりすかしたり。 硬軟両面でせめる。

格闘(^_^)2時間にして、ようやく大きな声で「ごめんなさい」を言った。 なぜ怒られているかが分かったかどうかは知るよしもないが、 将来大きくなったときに、こちらの気持ちを分かってくれることを期待しよう。 それにしても疲れた。

京都出張と復活練習(1999年10月26日)

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今日は朝から、京都出張である。 久しぶりの京都。 こんなに良い天気の日に、仕事でなければよかったのにね。 まあ、仕事はほぼ時間通りに終わり、今日で二回目となる復活の練習へと向かった。

この前はほとんど来てなかったはもーるのメンバーも、今回はわりと集まっていた。 それでも10人はいないようだが。 とにかく、この前の続きの部分の練習となる。 音自体は決して難しくはないけれども、とにかく高いぞ。 上の方はトップテナーに任せて、と思っていても、 上が出る人が余りいないようだ。 もっとも私も出ない訳で、本番はどうなるのだろうかねえ。 まあなるようにしかならない。

練習はあと2回だったか。 とにかく、音は難しくないので何とかなるだろう。 それよりも、もうひとつのステージである第九の方が心配だなあ。

大雨、信号故障と停電と(1999年10月27日)

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天気予報で言ってたように、やっぱり今日は雨降りだった。 それも半端でないくらい。 おまけに加古川の信号機事故だとかで、通勤電車は10分くらい遅れていたようだ。 それでもなんとか、遅刻はせずに会社へとたどり着いた。

ところが今日は電車の厄日だったようで、 関西電力の停電事故の影響で、昼間の電車ダイヤはメタメタだったようだ。 というのも、午後に予定していた打ち合せがその影響で1時間遅れになったのだ。 京都から参加する予定のメンバーが事故に巻き込まれて、しっかり遅れてしまったのだ。

会社で仕事をしていると気がつかないこういう事故も、 到着時間の遅れという形で目にみえる形になってみると実感できる。 ニュースによると42万世帯に影響が出たとか。 確かに、帰宅する時間になってもまだ電車が遅れていた。 停電といって、侮ってはいけないようだ。

会議室での喫煙(1999年10月28日)

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今日は昼からの会議に名古屋へと出張する。 13時に始まった会議は、延々6時間。 疲れたぞ。 その上に、会議は喫煙が許されている関係で、部屋の空気もよどむ。 会議の内容が大変な上に煙いという状態で、大変な一日だった。

会社の中では、しっかりと分煙されていて、けむりの近くへ行く機会のない状態なのに、 社外の会議となれば、まだまだ会議中の喫煙が許されていることが多い気がする。 確かに、喫煙者にとっては、煙草なしに長時間いるのは大変だろうが、 かたや非喫煙者にとっては、けむりの中でつらい思いをしている訳で、 何とかならんものかねえ。

世界を見渡してみても、公共の場所での禁煙というのが主流になってきている気がするのだが、 国内的には、まだまだそういうシステムになっていない気もする。 もちろん、実際の外国の現場を知らずに書いているので、非喫煙者の勝手な思いなのかもしれない。 ただ、煙くない環境にいたいという気持ちは分かってもらえると思うが、いかがだろうか。

デフォルトはどちらかという意味では、原則禁煙というのは、 そう間違ってないと思うぞ。 仮に自分が喫煙者であったとしても。 だって、通常の環境には煙草の煙がないのだからね。

昇進祝い(1999年10月29日)

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部下の、というよりは同僚の昇進祝いにとの名目で、 突然呑みに行くことになった。 近場のところだけに終わる雰囲気だったのが、これも突然、 三宮へと繰り出すことになる。

上司の行きつけの店で、結局終電まで呑み続けることになる。

駅までのラストスパートでシッカリと酔いが回り、 ふらふらになりながら帰宅する。 当然の如く、寝静まっており、 当然の如く(^_^)、着替えて静かに眠った。、

スルッとKANSAI(1999年10月30日)

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関西の私鉄に共通して乗れるようなプリペイドカードを発行して、 相互に乗客を譜やしましょ、というシステムが「スルッとKANSAI」である。 Jスルーカードと同様に、わざわざ切符を買わなくても、 自動改札をそのまま通すことができる。 って、Jスルーカードの方が後発なのだが…。

今までは利用機会のないと思っていたが、この11月からか、 神戸市交通局、ようするに、神戸市バスが使えるということで買ってみることにする。 これで、阪急にも乗る機会が増えるかもね。


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Kamimura Masatsugu (HOME: Akashi city, Hyogo)
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