はもーるのH氏にいただいたパソコンスピーカをつないで動作チェックをする。 何事もなく音が鳴り、めでたしめでたし。
午後に本屋さんに行こうとも思っていたが、面倒くさくてパス。 結局家の中で、WEBの編集作業で過ごした。
立春というのに未だ寒いなどと書いたが、 身の回りでは着実に春の準備が始まっている。 帰りにふと駅で見掛けた木の枝には、新芽のつぼみが膨らんでいた。
寒さに身体が慣れてしまっているというのも、ある意味では春の兆しといえるかもしれない。 それだけの期間、寒さが続いたということを示しているのだからね。 誰もがすべて寒いといっていること自体、もう峠を越えているのだろうなあ。
昨日、もう春の兆しがなんて書いたとたん、寒波の襲来を受けてしまった。 会社を出たときには、はらはらと雪がと風情を楽しむほどだったが、 駅の手前あたりで、結構な降雪となってきた。
最寄りの駅から家までの間は、但馬の雪を思わせる激しい雪になっていた。 降りしきる雪で前が見えないくらいで、就職してから一番の雪ではなかったろうか。 見る見るうちに積もった雪で、道路は真っ白になってしまった。
寒いの嫌だと思いながら、なんとなく心がうきうきするのは、 子供の頃の心をまだ忘れていないということだろうか。 明日はかなり積もってそうだな。 通勤は大変だろうなあ。
一夜明けて、大雪かと思いきや、道には雪はなく、ちょっと残念に思う心が不思議だったりして。 でも、わずかな雪がコチコチに凍てついて、 慣れていない都会の人々にとっては危険な道路状況であった。
但馬を出てから15年以上経っているけれども、三つ子の魂かどうかは別にして、 元気良く自転車で駅まで走っていく。 どういう所が危険かもし滑ったらどうするか、 注意深くは走ったけれど、いつもとそう変わらずに駅にたどり着いた。
駅の周辺の駐輪場にある自転車の数は少ない。 やはり大事を取って、別の手段でみなさん通勤したのであろうか。 却って自動車なんかともっと危ないんじゃないかなあ。 そういえば、車の数も少なかったなあ。 皆さん歩いたのかなあ?
駅から会社までも、ゆっくりおっかなびっくり歩く人々でいっぱいだった。 そういう人々を尻目にさっさと歩けるところに、ちょっとした優越感が。 まあ小市民のちょっとした幸福という所かな。
早く帰って炊事してなんて思っていたのに、ふと気が付くと23時を過ぎていた。
で、なぜ炊事かというと、明日からの3連休で妻子の3人は田舎へ行くのである。 私を残して…(^_^;;)。 はもーるメンバーの結婚式があるので私は、一人居残り。 お気楽な週末になるので、構わないのだが…。
そういう訳で、簡単な食事を作って、さっさと眠る。 2時前になっているんで、どこがさっさかという疑問はあるが…。
仕事を早めに切り上げて、上司と呑みに行く。 今日は家庭を考慮する必要はないので、お気楽にじっくり呑むことができる。 そういう訳で、珍しく三宮にはしご酒となった。
あいにく休日は開いている店が少なく、散々歩いた挙げ句、三宮駅近くの居酒屋に入る。 そこで終電近くまで呑んでお開き。 1軒目と合わせてかなりの量を呑んだような気がする。
家に帰って、歯磨きはしたような気がするが、気が付いたら眠っていたようである。 明け方に、部屋の明かりが明々とともっていたのに気が付いた。 たまにはこういう日もある。
団員の結婚式の関係で、チャペルでの聖歌隊と披露宴での演奏の隙間で練習することになった。 当然練習場所はホテルの一画となる。
ホテルの部屋であれば絨毯の影響であまり練習環境としてはよろしくないのだが、 はもーるの実力があるのか、たまたま調子が良かったのか、 そこそこのレベルの練習ができたような気がする。 20時過ぎに練習を切り上げ、次は披露宴でのお座敷演奏である。
ところが、披露宴が長引いているらしく、なかなか出番がやってこない。 30分くらいの遅れは付き物だが、今回はちょっと気合いが入っていた。 結局、我々が歌いはじめたのは21時半くらいだったろうか。 待ちつかれたというのは正直な所。 でも、参列者はもっと疲れただろうなあ。4時間の披露宴なんだから。
2次会にも出席して、ホテルを後にしたのが23時半。 長い一日だった。